経理の締め作業、複合機の設定、取引先へのデータ送付。担当者が急に休んだ日に「手順書はどこにあるのか」「書いてあるとおりにやったのに画面が違う」と困る場面は、規模を問わずどの会社にも起こり得ます。マニュアルは作ってあるのに、いざというときに使われない。原因の多くは、書いた人の努力不足ではなく、作り方と置き方にあります。
この記事では、編集の仕事で文章を「読まれる形」に整えてきた立場から、社内マニュアル・手順書が使われなくなる理由と、読まれる手順書を作るための考え方を整理します。専任の担当者がいない会社でも、明日から取りかかれる範囲に絞っています。
チェックポイント
- マニュアルが使われない主な理由は「探せない」「古い」「書いた人にしか分からない」の3つです。
- 書き始める前に「誰が」「どんな場面で」読むのかを決めると、書く量と書き方が自然に決まります。
- 手順は1つの作業を1文で書き、画面に表示される言葉をそのまま使います。
- うまくいかなかったときの対処と、問い合わせ先を必ず書き添えます。
- 置き場所を1か所に決め、更新日と更新した人を記録します。作ったあとの「保守」が、作ることと同じくらい大切です。
マニュアルが使われなくなる3つの理由
探せない
共有フォルダ、個人のパソコン、メールの添付、紙のファイル。手順書があちこちに散らばっていると、必要なときに見つかりません。同じ作業の手順書が複数あり、どれが最新か分からないという状態もよく起こります。見つからない手順書は、存在しないのと同じです。
古い
クラウドサービスや業務ソフトは、画面やメニューの名前が予告なく変わることがあります。数年前に作った手順書の画面写真が今の画面と違うと、読む人は「このマニュアルは当てにならない」と感じ、二度と開かなくなります。一度失った信頼を取り戻すのは簡単ではありません。
書いた人にしか分からない
その作業に慣れた人が書くと、「いつものフォルダに保存」「例の設定を確認」のように、本人には当たり前の前提が省かれがちです。また、自分で書いた文章は頭の中で補って読めてしまうため、書いた本人が読み返しても抜けに気づきにくいものです。
書き始める前に決めること
編集の仕事では、原稿を書く前に「誰に向けて、何のために、どこまで書くか」を決めます。社内マニュアルも同じです。ここを決めずに書き始めると、詳しすぎて読まれないか、肝心なところが抜けた手順書になります。
| 決めること | 例 | 決めると何が変わるか |
|---|---|---|
| 読む人 | 入社したばかりの事務スタッフ/普段は別の業務をしている人 | 専門用語をどこまで説明するかが決まる |
| 読む場面 | 担当者が休んだ日に、1人で作業する | 「誰かに聞けば分かる」前提を外して書ける |
| ゴール | 請求書を発行して、取引先にメールで送り終える | どこから書き始め、どこで終えるかが決まる |
| 範囲 | 通常の月の作業だけ。年度末の処理は別の手順書にする | 1つの手順書が長くなりすぎない |
特に大切なのは「読む人」です。書く人と読む人の知識の差を意識すると、どこに説明を足すべきかが見えてきます。読む人として、社内でその作業に一番なじみのない人を思い浮かべるのがおすすめです。
読まれる手順書の書き方
1つの作業を1文で、番号を付けて書く
「〇〇を開いて△△を選び、□□を入力したら保存します」のように1文に複数の作業を詰め込むと、読む人はどこまで進んだか分からなくなります。1つの作業を1文にして、番号付きの箇条書きにします。番号があれば「3番で止まりました」と状況を伝えやすくなり、問い合わせを受ける側も助かります。
画面に表示される言葉をそのまま使う
ボタンやメニューの名前は、画面の表示どおりに「」で囲んで書きます。「登録ボタン」と書いても、画面に「保存」と出ていれば読む人は迷います。社内だけで通じる呼び名(「例の共有フォルダ」「経理のPC」など)は、正式な名前や場所に置き換えます。
判断の分かれ目と、うまくいかないときを書く
慣れた人が無意識に行っている判断こそ、手順書に残す価値があります。「取引先がA社の場合は、PDFではなく紙で郵送する」「金額が○円以上なら、上長の確認を受けてから送る」といった分かれ目は、作業の流れの中に書きます。また、エラーが出たとき、画面が手順書と違うときにどうするか、誰に連絡すればよいかも書き添えます。問い合わせ先があるだけで、読む人は安心して作業を進められます。
画面写真は必要なところだけに絞る
画面写真は分かりやすい反面、画面が変わるたびに撮り直しが必要になり、古くなりやすい部分でもあります。すべての手順に付けるのではなく、迷いやすい画面や、間違えると影響が大きい画面に絞ると、更新の手間を抑えられます。写真を入れるときは、操作する場所に印を付け、写り込んだ個人名やメールアドレスなどは隠します。
書いたら、別の人に試してもらう
書き終えたら、その作業をしたことがない人に、手順書だけを見て実際に作業してもらいます。手が止まったところ、質問が出たところが、説明の足りない箇所です。原稿を第三者が読んで確かめるのは、編集の現場で校正・校閲と呼ばれる工程と同じ考え方です。
文章の書き方の参考になる資料
分かりやすい文章の書き方は、行政の文書でも見直しが進んでいます。2022年1月7日には文化審議会が「公用文作成の考え方」を文部科学大臣に建議し、同年1月11日の内閣官房長官通知で、政府内の公用文作成の手引として周知されました。役所向けの資料ですが、読み手に伝わる文章を書くための考え方がまとめられており、社内文書を書く際の参考にもなります(文化庁のウェブサイトで公開されています)。
なお、生成AIに手順の下書きや言い換えを手伝ってもらう方法もあります。その場合も、パスワードや顧客情報などを入力しないこと、出てきた手順が今の画面と合っているかを人が実際に操作して確かめることが前提です。生成AIで作った文章との付き合い方は、「AIで書いた記事は検索で不利」は誤解。Googleが示す基準と社内ルールでも触れています。
置き場所と更新のルールを決める
手順書は、作った時点が完成ではありません。ウェブサイトに保守が必要なのと同じで、使われ続けるためには手入れが必要です。次のようなルールを、最初に決めておくとよいでしょう。
| 項目 | 決め方の例 |
|---|---|
| 置き場所 | Microsoft 365 の SharePoint や Teams、共有ドライブなど、全員が見られる場所を1か所に決める。個人のパソコンやメールには置かない |
| ファイル名 | 「業務名_作業名」の形にそろえ、日付や「最新」「修正版」はファイル名に入れない |
| 更新の記録 | 手順書の冒頭に、最終更新日・更新した人・対象のソフトやサービスを書く |
| 見直しのきっかけ | ソフトの画面が変わったとき、担当者が替わるとき、作業中に手順書と違う点に気づいたとき |
| 持ち主 | 手順書ごとに管理する人を決める。気づいた人は、その人に知らせる |
古い版を残しておきたい場合は、同じ場所に並べず、「過去の版」用のフォルダに移します。Microsoft 365 などのクラウドサービスでは、ファイルの版の履歴を残せることが多いので、それを使えばファイルを増やさずに済みます。
速やかに確認しておくこと
- 担当者が1人しかいない作業を書き出す(経理の締め、給与計算、ドメインやサーバーの更新、取引先へのデータ送付など)。
- そのうち、手順書がない作業、どこにあるか分からない作業に印を付ける。
- 手順書の置き場所を1か所に決め、散らばっているものを集める。
- 集めた手順書の冒頭に、最終更新日と管理する人を書き足す。
- 担当者が休んだときに困る作業から1つ選び、別の人に手順書どおりに試してもらう。
- パスワードなどの秘密情報が手順書に直接書かれていないか確認し、書かれていれば別の安全な方法で管理する。
試してもらうと安心
読まれるマニュアルは、文章のうまさよりも「誰が、どんな場面で読むか」を決めることと、作ったあとの手入れで決まります。まずは担当者が1人しかいない作業を1つ選び、手順書を作って、別の人に試してもらうところから始めてみてください。
エディトルは、雑誌や書籍の編集から始まった会社です。社内マニュアルや手順書、社内向けの冊子について、構成の整理から執筆・編集・校正までお手伝いしています。Microsoft 365 などのクラウドサービスの導入とあわせて、手順書の置き場所や更新のルールづくりをご一緒することもできます。「手順書を作りたいが、どこから手を付ければよいか分からない」という段階でも、お気軽にお問い合わせください。
